ウールピットは、イングランドのサフォークにある実在の村だ。二人の子どもが現れたという話は、ウィリアム・オブ・ニューバーグの『Historia rerum Anglicarum』とラルフ・オブ・コッゲシャルの『Chronicon Anglicanum』に残る。ウィリアムは出来事をスティーブン王の治世(1135〜1154年)に置いた。年代記に話が残ることと、出来事の実在や来歴が確認できることは同じではない。子どもたちは見慣れない言葉を話し、肌には緑色がかった色がついていた。
伝承の細部は版によって違う。食べられるもの、村の人々との会話、やがて一人が死に、もう一人が土地の言葉を覚えたこと。後から付け足された説明では、子どもたちは太陽のない場所から来たとも語られるが、そこを異世界と断定できる一次資料があるわけではない。
異邦人は、まず色で呼ばれた
この話の暗さは、子どもたちが怪物として現れることではない。二つの年代記は、理解できない相手を「緑」という色で描いた。名前や言葉より先に、外見の違いが記録の中心に置かれている。
知らない場所から来た人は、地図に載る前に、誰かの比喩になる。
食事や栄養状態が肌色に影響した可能性、外国から来た子どもたちが言葉を失っていた可能性など、現実的な読み方はいくつもある。それでも、二つの年代記が残した空白は消えない。彼らがどこから来たのかより、なぜ村の記憶に「緑」として定着したのかが気にかかる。
二つの年代記は、同じ事件を写していない
ウィリアム・オブ・ニューバーグとラルフ・オブ・コッゲシャルの記述は、子どもたちの来歴、食べられるもの、土地の言葉を覚えるまでの過程で一致しない。後世の読者が二つを一つの証言としてまとめると、違いが消え、異世界から来たという筋だけが強くなる。
緑色という語も、観察の記録なのか、異邦人を説明するための比喩なのかを決められない。だから、現代の医学的な説明をひとつ当てはめて終わらせるのも、異世界説を事実にするのも同じくらい乱暴だ。残された文章が、村の人々に理解できない相手をどう分類したかを読む。その距離感が、この伝承の暗いところにある。
出典と確度
Michał Madejによる二つの中世年代記の比較研究を参照。ウィリアム・オブ・ニューバーグとラルフ・オブ・コッゲシャルの記述を照合し、年代記に話が残ることと、出来事の実在や来歴が確認できることを区別しています。本文では異世界来訪説を事実として扱っていません。
Michał Madej / Res Historica 49 (2020), pp. 117–132 British Library / Ralph of Coggeshall manuscript catalogue

読者の記録
この記事のコメント
伝承のどの部分に不安を感じたか、読み方を残してください。