フラナン諸島は、スコットランド西岸から離れた荒い海の上にある。1900年12月15日深夜、通りかかった船は灯りが見えなかったと港で報告した。Northern Lighthouse Boardがその知らせを受けたのは、定期交代船HESPERUSが12月26日に到着し、三人がいないと判明したあとだった。灯台にはジェームズ・デュカット、トーマス・マーシャル、ドナルド・マッカーサーの姿はなかった。

灯台守の日誌で最後に書き込まれたのは12月13日だった。14日分の記録と、15日の消灯時刻、15日午前の気圧・気温・風の記録は、あとで日誌へ写すためスレートに残されていた。調査報告は、15日午前の作業が終わり、ランプは点灯できる状態だったと記している。これらが示すのは仕事の進み具合までで、三人がいつどこへ向かったかを直接記録したものではない。

怪異は、整いすぎた部屋から始まる

後年、本件を題材にした書籍や映画では、記録にない部分が想像で描かれている。Northern Lighthouse Boardの調査報告は、三人が西側の着岸場へ出て係留用具を確保しようとした際、大波にさらわれた可能性が高いとした。これは調査による推定で、最後の行動を目撃した記録ではない。

灯りが消えたあとも、灯台は仕事を終えた顔をしていた。

説明が一つに絞られるほど、物語の余白は広がる。何かがいたからではなく、何も残っていないから怖い。海は記録を返さず、陸に戻った人々は、空白を噂で埋めるしかなかった。

記録が残したこと、残さなかったこと

調査報告が挙げるのは、室内が整っていたことだけではない。灯台の設備は正常に保たれ、東側の着岸場ではロープが所定の場所にあった。一方、西側では係留用具の箱が流失し、ロープが岩場に散らばり、手すりやレールも損傷していた。報告者はこうした状況から事故の可能性を判断したが、最後の瞬間を示す証拠が残ったわけではない。

Northern Lighthouse Boardの記録には、現場の設備、交代要員、船の到着日、調査員が示した事故の推定が残る。超自然的な説明や、記録にない会話は同時代の記録とは分けて読む。三人の名前と、遺族が今も最期を知らないという事実を、物語の装飾で覆わないためだ。

出典と確度

失踪と捜索、日誌・スレートの記録、西側着岸場の損傷、調査員の事故説は、Northern Lighthouse Boardの公式史料を参照しています。大波による事故は当時の調査結論であり、目撃によって確定した最期ではありません。超自然的な説明は同時代の公的記録では確認できません。
Northern Lighthouse Board / 1900年の記録と調査報告
Northern Lighthouse Board / 灯台の位置と沿革